その仕事、蠍は留守です

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「普通でよくない?」の意味

「普通でよくない?」の意味

こんにちは、今日のランチは生姜とん汁のHitoyamです。ぽかぽか!

du pope : NAKANO Hajime's Blogさんのエントリで、前回のだれコンまとめを紹介していただきました。ありがとうございます。その中でこのようなお話がありましたので、追記エントリを。

こちらのエントリーの「普通でよくない?」ってパラグラフは、ちょっとぼくにはピンと来ませんでした。「普通」と「思いやり」、どっちの心持ちがどんな行動・施策につながるのか...まで考えたいかも。

あのエントリにひとつ付け加えると、完全にデバイスやサイトの制作・実装目線での感想だったので、コンテンツホルダーもしくはビジターのことはあまり考慮に入れていない感想でした。その思いはごく普通にアクセシブルなウェブとデバイスを実現できるようになればいいのにな。のひとことに凝縮されてます。

たとえばWindowsのみに対応しているサービスがあったとして、新バージョンでMacintoshにも対応しようとする時、それってMacユーザに対する「思いやり」で対応するものなのでしょうか? 携帯電話での表示もできるようにしようとする時、携帯ユーザへの「思いやり」で表示させるのでしょうか? この2つの例えの場合、違うと答える人の方が多いんじゃないかな。と、私は思っていて。

じゃあなんで、障害者がスムーズに操作できるよう何らかの対応をしようとする時に限って急に「思いやり」って言葉が出てくるのかな? って感じるワケです。私にとっての違和感はまさにその感覚のズレに対するもの。

何より残念なのは、アクセシビリティという言葉の意味が狭められてしまうことだと考えています。特に「アクセシビリティ=障害者や高齢者への思いやりだよ(以上、終了)」みたいな歪んだ公式が今以上に普及するのことを懸念しているので、啓蒙する立場にいる人には使ってほしくないフレーズだなと思う次第なのです。特に制作者側の方々には、ねじれたまま思考停止してほしくないし。言葉は容易にフィルタに成り得るものだと思うので。

ちなみにウェブに限った話ではないのですが、私個人レベルの感情として「障害者に対する行い≒思いやり」という公式めいた考え方、実は苦手だったりします。

ごく個人的な感じ方でしかありませんが、まれに「本当は面倒くさいけど特別に対応して差し上げる(思いやりだよ)」みたいなニュアンスが汲み取れてしまうこともあったりなかったりして、ちょっとその姿勢はどうなのかなーって、もやもやするので...。

だからそういう意味でも「普通でよくない?」です。要は私がひねくれているだけですかね(笑)。

まとめエントリではそのあたり言葉足らずでしたが、そういう考えの上で個人的に思う「普通でよくない?」でした。別に「思いやり」そのものを否定する意味ではないですよー、念のため。
ごく自然にそういう気持ちが存在する世界がハッピーだと思うの!

とにもかくにも、アクセシビリティは、まだまだ認知を広めていく必要がある分野。今後もより一層、インプットもアウトプットも盛んに行われるようになるといいですね。

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